■ 治療
■ 顕微授精
−顕微授精について−
重症男性不妊症や、通常の体外受精で受精しない症例(高度受精障害)に行われている顕微授精について説明します.顕微授精は、精子を顕微鏡で観察しながら、卵子に直接注入するものです。
ヒトにおける顕微授精は1988年に Cohen らが partial zona dissection (PZD、透明帯部分切除)による妊娠例を、Ng
らが subzonal sperm injection (SUZI、囲卵腔内精子注入法)による妊娠例を報告しています.顕微授精はこのようにいくつかの改良が加えられました。そして、1992年ベルギーの
Palermo らが卵子に細い針を刺して、細胞質の中に直接精子を注入する卵細胞質内精子注入法(ICSI)による妊娠例を発表しました(図-1)。それ以前の透明帯と卵細胞膜の間に複数の精子を注入する方法(PZD,
SUZI)より、妊娠率が高く、直ぐに顕微授精のグローバルスタンダードになりました。現在では顕微授精といえばこの ICSI(略してイクシーと呼びます)のことを指すといってよいでしょう.このICSIという方法は極端な言い方をすれば、1つの健全な精子があれば妊娠を可能にする治療法です。
− 適応について −
精子の数が少ない重症の乏精子症が、精子の奇形率が高い、あるいは精子の運動能が低い精子無力症のように男性因子に大きな問題がある場合は、これまで妊娠する方法がありませんでした。ですから、顕微授精の登場は、男性不妊のかなりの方に妊娠を可能にする「福音」として迎え入れられました。その他、通常の体外受精で受精しない症例(高度受精障害)では、卵子の外側を包んでいる透明帯というゼリー状の膜がかたく、精子が通過できない場合があり、最近では顕微授精は適応となっております。具体的な顕微授精の適応は
@重症乏精子症
A精子無力症
B精子奇形症
C重症精子減少症、精子無力症および精子奇形症の合併症例
D不動精子
E精巣上体精子あるいは精巣精子による受精
F精子―透明帯・卵細胞膜貫通障害
G抗精子抗体陽性例
などです。
− 方 法 −
通常の受精過程は、精子が卵子の透明帯(卵子を包んでいる透明な膜)を貫通して卵細胞膜に接着・接合し、精子・卵子融合を起こし、受精の開始となります。本法ではこれらの過程をバイパスします。
顕微授精は採卵当日に行います。以下に簡潔に方法を説明します。顕微鏡下に運動性、形態的に良好な精子を回収します。その中から、更に一つの精子を選択して、精子尾部をガラス性の極細の針(注入用ニードル)を用いて不動化処理(この処理は受精率を上げるのに必要)を行います。その精子を注入用ニードルに尾部から吸引します。一方、やはり細い保持用針に弱く吸引圧をかけながら卵子を保持します。準備ができた精子の入った注入用ニードルを慎重に卵子の細胞質まで穿針して、精子を卵子の細胞質の中に注入します(図-2〜3)。
翌日、受精の状態を確認します。
− 安全性・問題点−
顕微授精は体外受精の一種ですから、体外受精の問題点はすべて顕微授精にも当てはまります。それに加えて、顕微授精の固有の問題点も考えておかなければなりません。
通常の妊娠においては、女性の体内に放出された数億の精子の間で激しい生存競争があり、これに勝ち抜いた1個の精子のみが卵子と受精します。元気で授精する能力のある精子が受精するとも言えます。但し、元気な精子がすべて正常であるかと言うと、そうではありません。肝心の染色体(DNA)が一部壊れていることもありえます。元気で形態が正常な精子では染色体的・遺伝子的には正常である確率は高いのですが、絶対ではありません。約30%に異常があると言われています。いずれにしても、自然の摂理によるきびしい淘汰で選ばれた精子が受精しているわけです。しかし、顕微授精においては、これらのプロセスはすべて省かれ、せいぜい数百の精子の中から、動きが良くて、形態的にも正常に見える精子が選ばれて顕微授精されます。ちなみに、染色体的・遺伝子的に異常な精子が受精したとしても、分割途中で成長が止まり着床までは至らないか、もし着床しても流産するだろうと思われます。
体外受精・顕微授精時の先天性奇形の発生頻度は、日本産科婦人科学会の調査によると、ほぼ0.7%前後を示しております。これは日本産婦人科医会が集計した2004年度の一般の先天性外表奇形発生率1.77%に比べて高いものではありません。染色体異常についてはまだ報告が少ないのが現状です。海外の報告では1.66%に染色体異常、0.92%に染色体構造異常、0.83%に性染色体異常を認め、一般新生児の頻度よりも高いことが示されています。但し頻度は低いものです。また、性染色体異常は極端な乏精子症・精子無力症・精子奇形症の合併症例です。造精機能に関連した遺伝子はY染色体に存在しますので、男児にその異常が継承される可能性があります。このような方は顕微授精が行われる以前には妊娠することがなかった疾患です。顕微授精で受精できるようになり、次世代に継承される可能性が出てきました。結論として、今までのところ顕微授精で生まれた児において、父親由来の遺伝的欠陥が児に伝達されること以外、先天性奇形、染色体異常、発育異常が自然妊娠児より高いと言う確固たるデータはなく、児の長期予後についてはまだ判明していない点もあることをご了承ください。
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